。都会人的な巧妙さと精緻さとでは、大きな仕事は成されない。野性と云うのに語弊があるならば、大地の中に根を張ってつっ立ってる力とでも云うような、何かしら人為的でない後天的でない本質的な力である。トルストイやバルザックやセークスピアの偉大さは、そういう力に依ってるところが多い。トルストイが如何に無抵抗の宗教を説こうと、彼の力は畢竟肉食的な野蛮な力の上に立っている。――蜘蛛にはそういった野性がある。彼が如何に精巧な巣を張ろうと、如何に過敏な神経を持っていようと、それは到底文明的な所産ではない。文明的な所産となりきれないほど、彼のうちには肉食的な野性がある。細い糸に懸って空に浮んでいても、地を這う虫けらよりも、遙に大地的であり遙に野性的である。
 昔の人は、自然に対して一種の神秘的な恐怖を懐いた。そこから、自然力崇拝の宗教まで生れた。然るに、人間の数が増し文明が進むにつれて、そういう宗教は、そういう神秘的恐怖は、遠く山間僻地へ追いやられて、跡を絶とうとしている。けれども文明のさなかにも、都会の真中にも、ふとその痕跡が見出されることがある。――蜘蛛はその一つである。薄暗い土蔵の二階、物置の片隅、
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