。温い、なまぐさい、すっぱいような息です。口を少しあけて、煙草のやににそまった黒い歯を出し、その奥の深い喉から、音を立ててくさい息が出て来ます。酒の臭いだけではありません。
「男くさい。」
息をつめて坐り直しました。
「どうしたのよ、寝呆けているわね。」
姐さんが私の方を見て、そしてすぐ向うへ寝返りうちました。
その背中の方へ、取り縋るようにして、私ははいってゆきました。大きく息をしました。へんに眠れません。室の中ぜんたいが、厭らしく穢ならしく思われます。土間の方で、かさかさ音がします。黒犬のクマが体をかいてるのです。しっ、しっ、叱っても、まだかさかさやっています。だにか皮膚病かでしょう。あんな犬をなんで飼ってるのか、姐さんの気が知れません。ただ真黒な小さな普通の犬で、どこからか迷いこんで来たのです。泥坊よけにもなりはしないでしょう。
そのつまらないクマを、ポマードの倉光さんが特別に可愛がるから、おかしくなります。だいたいあのポマードがおかしいのです。長い髪をバックにして、ポマードをこてこてぬりたて、靴先よりももっと光らしています。女の日本髪に鬢附油を用いることはありますが、そ
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