ので、ほかの人はみんな下の喫茶だけです。けれど、喫茶のお客の中にもちょっと区別があって、お酒に摘み物ぐらいは出すこともあります。このお酒について、殊に洋酒について、井上さんは監督がたいへん厳重です。ポマード男、倉光さんに酒を飲ませすぎはしないかと、じわじわ嫌味を言うのです。やきもちをやいてるのか、からかってるのか、どちらとも分らない調子です。姐さんの方でも、弁解するのやらしないのやら分らない、あいまいな調子です。聞いていて、じれったくなります。どちらとも、もっとはっきりしたらよさそうなものなのに。ほかに話すこともないから、そんなことを酒の肴にしてるのでしょうか。私はジンをなめながら、息に薄荷の香りがますます強くなります。
 そうして、皆酔って炬燵にごろ寝をしました。
 ふと、私は眼を覚しました。胸がむかつき、息苦しくて、叫びました。
「男くさい、男くさい。」
 実際に叫んだかどうか分りません、叫んだつもりでした。同時に、飛び起きました。
 まったく、男くさかったのです。井上さんが私の方へ寄ってきて、私の方を向いて、鼾まじりの息をしています。その息が、私の頭や顔にかかったに違いありません
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