にして、持って行かなければいけません。これは、なくなったお父さんと私とふたりで、あなたたちに、くれぐれもいい残すことですから、忘れないようになさい」
 その梅の木が、ちょうどいま、花を咲かせておりました。それを掘りおこして、あらたな小さい家の庭へもっていくのは、なんだかかわいそうでたまりませんでした。しかし、両親からいい残されたことですから、守らねばなりませんでした。
「だいじょうぶです。私が掘りおこしてみましょう」
 顔丸の丸彦は、すぐに庭へおりていって、その強い力で、梅の木の根のまわりを、深く掘りはじめました。
 梅の花がはらはらとちりました。顔長の長彦は、その花をじっと眺めていました。
 がちりと、何か鍬《くわ》の先にあたったものがありました。それからまた、がちりがちりと、鍬は少しもとおりません。丸彦はそのへんを掘りひろげました。よく見ると、そこには大きな石のふたがありました。やっとのことで、その石のふたをとりのけますと、下は石の箱になっていまして、その中にまた、大きな木の箱がありました。箱のふたをあけると、丸彦はびっくりして声をたてました。長彦も息をのみました。
 大きな箱の中には、金銀や宝ものがいっぱいつまっていたのです。
 梅《うめ》の木のわけが、ようやくふたりにもわかりました。両親は家のためを思って、万一の時の用意に、そこにたくさんの財産を埋めておいてくれたのです。
 それで、ふたりは助かりました。屋敷《やしき》も売らないですみました。借りたお金もはらうことができました。兄弟のせわになった人たちも、みな助かりました。米や芋《いも》がたくさんとどいていますし、それを、貧しい人たちは、ただでわけてもらうようになりました。そして、ひでりのあとの翌年まで、皆は食物に不自由なくすごせました。
 こうして、堅田《かただ》の顔長の長彦と顔丸の丸彦とは、みんなから神さまのようにあがめられました。人々はいろいろ相談して、顔長の長彦には、支那《しな》からきたというみごとな紫檀《したん》の机を、顔丸の丸彦には、琉球《りゅうきゅう》からきたという大きな法螺《ほら》の貝を、記念の贈りものにしました。どちらも、そのころでは珍らしい品物でした。
 顔丸の丸彦は、法螺の貝をたいへんうれしがって、野原や山を吹きならして歩きました。顔長の長彦は、紫檀の机に寄りかかって、庭の梅の木を見なが
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