腰《こし》に大きな山刀《さんとう》をさして、猟師《りょうし》のようにも見えましたが、なんだか、ひと癖《くせ》ありげなようすでした。
それが、草の上にあぐらをかいて、徳利《とくり》と茶碗を前において、酒をのんでいるのです。
なお怪《あや》しいのは、そのわきに、馬が一頭、木につないでありました。そのへんに見なれない大きな馬で、栗色の毛なみはつやつやとして、額《ひたい》のまん中に白いところがあり、四つ足とも、ひずめの上の方だけが白毛で、じつに珍らしいりっぱな馬です。
顔丸の丸彦は、その男のそばに立ちどまって、じっと男を見つめました。もしやこの男が、へんなうわさをいいふらしてあるく悪者ではないかと、そんな気がしてなりませんでした。
男はじろりと丸彦を見あげましたが、だまって酒をのみました。
丸彦はそこにかがんで、だまったまま[#「だまったまま」は底本では「だまってまま」]、男の茶碗をとって、徳利から酒をついで、ぐっと一口にのみほしました。そして男をじっと見ました。
こんどは男が、茶碗に酒をついで、一口にのみほして、そしてじろりと丸彦を見ました。
丸彦はまた、茶碗をとって、酒をついで、一口にのみほして、そして男をじっと見ました。
男もまた、茶碗に酒をついで、一口にのみほして、丸彦をじろりと見ました。
ふたりとも、ひとことも口をききませんでした。
やがて、丸彦は立ちあがって、馬のそばにいき、そのみごとな姿をじろじろながめました。
男はあぐらをかいたまま、だまって丸彦の方を見ていました。
その時、丸彦はとつぜん、右手の大きな法螺《ほら》の貝を、馬の耳もとにくつつけて、息いっぱいに、ぶうぶうと吹きならしました。
馬はおどろいてとびあがり、男はおこって、山刀《さんとう》をぬいてとびかかってきました。
丸彦は一足よけて、鉄づくりの鞭《むち》を左手にふりかざし、男のほうをあしらいながら、右手の法螺の貝をなお吹きならしました。馬はますますおどろき、たけりくるって、綱をひききったはずみに、いっさんにかけ出しました。それを見ると、男はびっくりして、丸彦の方をすてて、馬のあとを追って走りだしました。
丸彦は、はははと笑いました。けれどやがて、笑いやめて、法螺の貝で額《ひたい》をこつんと叩きました。
「しまった。あの男は怪《あや》しい奴《やつ》だ。あれをつかまえるのだ
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