うわさは確かなこととなって、ますますひろまるばかりでした。そしてお詣りに来る人も、ますます多くなりました。
 顔長の長彦は、腕をくんで考えこみました。木でできている観音様の像が、七日のあいだ、あちこちまわり歩かれたということは、どうもほんとうとは思われませんでした。これはきっと、悪者どもが、なにかたくらんで、観音様を七日のあいだ盗み出し、足に泥をぬってもとにもどし、そしてふしぎなうわさをいいふらしたにちがいありません。
「用心しなければいけないよ」と長彦はいいました。
「悪者がいるとすれば、私がひとつとらえてみせます」と丸彦は答えました。
 けれども、その悪者はなかなかわかりませんでしたし、お詣りに来る人はふえるばかりでした。
 ありがたい観音様《かんのんさま》だ、生きた観音様だ、といってお詣《まい》りに来る人たちは、それぞれおさいせんをあげていきました。いくらことわっても、なげ出していきました。
 そのおさいせんが、だんだんたまってきました。大きな木の箱にいっぱいになりました。それは、観音様の前にそなえておいて、また新たにおさいせん箱をこしらえねばなりませんでした。
 するうちに、またふしぎなうわさがつたわってきました。――竪田《かただ》の観音様は、こんどまた、旅にいかれるそうだ。そしてこんどは、少し長い旅らしいから、おるすにならない前に、早くお詣りをしておくがよかろう。
 そのうわさといっしょに、また、近くや遠くからお詣いりに来る人がふえました。
「いよいよ用心しなければいけないよ」と、長彦はいいました。
「ええ、充分に気をつけます」と、丸彦は答えました。

      四

 さて、堅田の顔丸の丸彦は、腰《こし》に刀をさし、片手に、鉄づくりの鞭《むち》をたずさえ、片手には、たのしい法螺《ほら》の貝をもって、毎日、出あるきました。そして、怪《あや》しい者でもうろついてはいないかと、しらべてあるきました。
 しかし、悪者の手がかりさえ得られませんでしたし、第一、観音様についてのふしぎなうわさも、どこから出たものやらさっぱりわかりませんでした。
 ところが、ある日のことです。山奥の方をしらべあるいて、そして夕方になってから帰りますと、山の裾《すそ》のさびしい野原に、馬をつれた男が、ひとりで酒をのんでいました。
 その男は、背中にけものの毛皮をつけ、足にわらじをはき、
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