高に饒舌っている。ギリシャ哲学、近代政治、労働組合、アプレ・ゲールの理念、なんでも聞かれないものはない。ところが、ふしぎなことには、それらの高声な論議も、すーっと宙に吸われて、広間の空気はいやにひっそりしているのだ。コンクリーの四壁の音響反射のわるいせいか、天井の高いせいか、どのグループの人声も宙に消えて、ただ、饒舌ってる人のゼスチュアーだけがあとに残る。それはやはり、蛸坊主の秘密会合に似ている。
蛸坊主の会合だから、さすがに腕もあり足もある。だが、その腕や足のゼスチュアーも、ここではあまり役に立たない。給仕の女たちは、紺絣にモンペ姿の品行方正な少女だ。蛸坊主どもが如何にも色気たっぷりに、腕や足をさし伸べようと、その吸盤は、深遠な論理の声音が宙に消え失せると同様、宙に迷って何の手応えも得られない。
ひっそりした空気がかもし出され、酔いと夢とがはぐくまれるのだ。一隅のボックスで、中腰になって盛んに饒舌り立ててた青年が、どうしたことか[#「どうしたことか」は底本では「どうしたことが」]、相手の青年から、平手でぴしりと頬を殴られた。すると彼もまた、相手の頬に平手打ちをくわせ、卓上のコップ
前へ
次へ
全22ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング