蛸の如きもの
豊島与志雄
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【テキスト中に現れる記号について】
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)窺※[#「穴かんむり/兪」、第4水準2−83−17]
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――大いなる蛸の如きもの、わが眼に見ゆ。
八本の足をすぼめて立ち、入道頭をふり立て、眼玉をぎょろつかせて、ふらりふらり、ゆらりゆらりと、踊り廻り、その数、十、二十、或るいは三十、音楽のリズムの緩急には殆んど無関係に、淡い赤色の照明の中を、ふらりゆらり、くっついたり離れたり、踊り歩き、音楽が止むと、狭いホールの四方に散り、足をひろげてべたりと屈みこむのである。キャバレー・ルビーの夜のひと時。
「なぜ黙ってるの。」
然し、何をしゃべることがあろう。誰だって、口をつぐんでひっそりしている。或るいは、口を利いてもひそひそと、黙ってるのに等しい。蛸に声が出るものか。口をくうくう鳴らし、吸盤をぴちゃぴちゃさせるだけだ。八本の肢体は足ともなれば腕ともなる。足を組み合せ、腕を組み合せ、または互に絡み合せて、吸盤をぴちゃぴちゃ……
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