。擽ったいじゃないか。穢らわしいじゃないか。そら、バンドがまた始めやがった。こんどは踊りっ娘だ。静かに見ていろ。青い照明になったから、そう邪魔にはなるまい。
「ねえ、おなかが空いたわ。」
 今時分、なにを言ってるんだ。だから、女は食うことと眠ることだけだ、と木村に言われるんだ。もっとも、男は飲むことだけだ、と君は言ったが、これも一面の真理には違いない。
 バー・ペンギンで木村が酔っ払った時は、おかしかった。あいつ、やたらにブランデーをあおったものだから、すっかり足腰がたたなくなり、それを自分で気付かずに、ソファーから立ち上って、スタンドの方へ、なにかマダムに愛嬌をふりまきに行ったものだから……。第一、あのマダムに敬意を表するということはない。バー・ペンギンとはよく名づけた。マダムの恰好が、脚はちんちくで、胴はのっぺりして、口は反っ歯で、ペンギンそっくりじゃないか。滑稽を一種の愛嬌とするなら、まあ、こちらからも愛嬌を呈するのもよかろう。木村は眼に笑みを含んで、数歩あるいていったが、もう腰がくだけ、スタンドにつかまりそこね、腰掛にもつかまりそこね、すとんと尻もちをついてしまった。ばかりなら
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