。天啓のように閃めくものがある。
 ――われ夢を失えり。
 失えりと気付くことは、持ちたしと望むことである。
 夢を持つには、平素の心掛けが第一であろうが、然し、時と場合によって、臨機応変の方策がないでもなかろう。
 都市はふしぎなもので、如何に整然とした都市にあっても、流れや淀みを至る所に作る。淀みには陰性が住み、流れには陽性が住む。東京のような戦災都市では、その差がまた甚しい。少しく行けば、たちまちにして喧騒の巷である。
 電車の響音、自動車の警笛、群集の靴音、それらを超えて空中に鳴り響く広告塔のラウド・スピーカー。これはまさに陽性的暴力だ。然しこれらの暴力の干渉外に、ネオン・サインの射照外に、ひっそりした隅々がある。ひっそりしてはいるが、然し、それは盲点ではない。そこに、酒の酔いと夢と哲理とがとぐろを巻く。
 その一つの、杉小屋には大勢の常連が集まっている。経営者の好みで、焼けビルの一階の広間を、日本酒に縁のある杉の木材で改装し、杉で作ったがらくた道具を置き並べた酒場だ。
 常連だけで殆んど満員である。ここには、バンドはもとより無い。ラジオも蓄音器もかけない。各自が勝手なことを声
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