ると、殼のままの豆だったらしい。あれを、ばりばりむいて、ぼりぼりかじって、喧嘩してる、若い女たちの場面は、ちょっと挨拶に困るしろものだ。
腹を立てるより、腹の中にトンカツでもつめこんだ方がよかろうと、留七へ誘うと、その皮肉には全く無反応で、まだ南京豆の一件を怒りながら、巨大なトンカツを二つも食べてしまった。おつきあいに、俺も一つ平らげた。
京子と別れた時は、もう日が暮れていた。
掘割の水がどんよりと暗く、それに街の灯が映り、風もないのに柳の若葉がそよいでいる。こんな時、ふしぎに、空の星が見えないものだ。いや、空を仰ぎ見ないものだ。眼は水面に重く垂れ、腹の中にはトンカツが停滞している。むかし、或る歌人が、トンカツのメランコリー、ビフテキのヒポコンデリーを、歌ったことがあった。だが、そんなのよりもっともっと気重いのである。
石垣の下、掘割の中の狭い洲に、なにか黒いものがうごめいている。おもむろに、匍いずるように、移動している。人間じゃあるまい。蛸のような恰好で、ひょっこり、ひょっこり、移動している。あれが立ち上ったら、きっと人間になるだろう。
気重さは、漠然たる怖れに変る。
あ
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