「やあ、これはこれは、珍らしいところで……。」
 なにが珍らしいものか。珍らしいのは先様のことだ。更に珍らしいことには、高木老人は酔っていて上機嫌である。
「わたしは、今日はとても嬉しい。も少し飲みましょう。どこか、君の知ってるうちに連れて行きなさい。」
 既にだいぶはいってるらしい。
「いや、わたしはダンスはやらない。キャバレーも好まない。どこかこう、静かなところがよろしい。」
 そんならまあ、杉小屋か。老人の腕を執ると、二人の歩調も自然に合う。
「さっき、百合子に逢いましてね、いよいよ確かなところを見届けました。あれなら、もう大丈夫です。」
 歩きながらいきなり言い出されたのでは、何のことやらさっぱり分らない。
「ずいぶん苦心しましたよ。時おり行っては、それとなく様子を見、チップにしては少し多額の金を、ひそかに渡すんですからね。百合子はびっくりした顔つきで、初めは断りましたが、事情があって……と言うと、素直に受け取るようになりました。もっとも、それがどんな事情だか、理解したわけではないらしい。ほんとに理解されても困る。まあそれはとにかく、あすこは人目が多いから、これには弱りました
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