めるが、夜分だけでなく、昼間もそうであるように、これらの掘割を清らかにしたいものだ。沖繩の海、沖繩の海の水。
河岸ぷちに屈みこんで、街の灯のちらちら映ってる掘割の水面を眺めていると、またしても蛸の幻想が浮んでくる。泥ぐさい生ぐさい臭いのせいであろうか。石垣の下の干潟に、なにか黒いものが動めいてるようだ。水の中に、なにかが動めいて泡を立ててるようだ。そいつが、すーっと立ち上って、大入道の頭を持ちあげてきたら、どうする。抵抗出来ないじゃないか。
後ろのビルの上階にも、一つの大入道がいることを、俺は故あって知っている。空襲中、捨値に売り出された家具類を買いあさり、田舎に運び蔵して、大金を儲けた。戦後、ヤミ物資の取り引きをして、また大金を儲けた。近頃、社会状態が落ち着くと、もう何事にも手を出さず、あの上階の事務所のソファーにふんぞり返って、ただ天下の形勢を観望している。情婦はいつもただ一人、だが時々取り変え、事務所にも美人の女秘書を置いて、コーヒーをわかせ、ウイスキーを注がせている。そいつがまったく、頭の禿げた蛸入道だ。
――大いなる蛸の如きもの、陸上にも水中にもあり。
蛸の魔除けには
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