は涙か……何とかと言って……。」
 卓に顔を伏せて、ほんとに泣いてるのである。まったく、なっちゃいない。他人でなかったら殴りとばすところだ。
「泣くなと言ったって、これが泣かずにいらりょうか。はははは。」
 もうけろりとしている。
「みんな帰っちゃった。僕一人を残してですよ。薄情な奴等ばかりだ。僕は孤独です。絶対に孤独です。そして悲しいんです。」
 また顔を伏せてしまう。
 沖繩生れの遼子が出て来て、彼の前腕に、かるく手先を添える。和服の襟をきりっと合せ、首を真直に、すらりとした立ち姿、自然に差し延ばした手の曲線、サロンの女主人公とも言える恰好である。
「三上さん、また酔いましたね。もうお銚子もからになったから、これでお帰りになったがよろしいわ。」
 きれいな音声だ。
「僕は悲しいんです。帰ります、帰ります。」
 驚くほどの従順さで、彼はよろよろと出て行く。その後ろ姿を、遼子は微笑で見送る。
 恥かしくないのか、彼女の微笑に対して。いや、恥かしいよりも、やはり、悲しいのだ。誰も彼も悲しいのだ。ビルの影から、唇の赤い洋装の背の低い女がつと出て来て、自分を影の中に置き、相手に燈火を受けさせ
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