沖繩生れの女中が、あの家にいる。切れの長い澄みきった眼で、真黒な瞳をじっと注いでくる。小麥色の引きしまった頬に、ふさふさした黒髪。南国調だ。パパイヤ、マンゴウ、ドリアン……それほど香気の強い果物は更に南方へ譲って、せめて、木影の凉風に泡盛の一杯。
 二階には立派な座敷があるが、入口の土間に、白木の卓を並べた小さな飲み場がある。沖繩料理の白汁をすすり豚肉をつつきながら、泡盛を小杯でなめる。沖繩の人たちが行儀よく屯ろして、小声で話している。戦後、懐郷の念に禁じ難いものもあるであろう。だが、彼等が出て行ったあと、こんどは不行儀なことが始まる。
「ねえ、泡盛は酔いますねえ。泡盛は酔いの仕上げだ。」
 縞のネクタイの結び目を乱し、縞のワイシャツを袖口から長く出してる、浅黒い顔の男である。
「ことに、ここのは本場ものですからね。」
 景気のいいことを言ってるかと思うと、急にめそめそしてくる。
「あちこちで飲んで、月給を半分ほど使っちゃいましたよ。これじゃあ、女房の春の着替えも受け出せませんや。女房のやつ、何と言うかな……。南無泡盛大明神、われに知恵を授け給え、というわけで、一杯やってるんですが、酒
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