を見調べてみた。髪の毛の薄い、痩せ細った、病身らしい男で、長い首に喉仏が高く出ていた。浅黒い顔の色艶は、呼吸器か消化器かが悪い者のようで、眼の光が疲れて、黝ずんでいた。
 彼は私の顔を時々偸み見ながら、ゆっくりした調子で云っていた。
「どういうものか、横になると膝から下がだるくて、かないません。それで、いつも膝の下に物をあてて寝る癖がついて、どうもそうしないと、よく寝つけないです。で、昨晩も、この鞄を膝の下にあてて寝ましたところが、どうも……。」
 隣席との境の床《ゆか》に、大きなトランクがあって、その上に、小さな赤革のスーツケースがのっていた。彼はそれを指し示していた。
「どうも……汽車が揺れるせいか、かたっぽの足が滑りおちて、それも知らずに、ぐうぐう寝込んでしまいまして、恥しいお話です。けれど、そういうわけで、決して無作法な真似をしたのではありませんから……。」
 彼は昨夜のことを弁解してるのだった。私は気の毒な思いをして、笑い話にしてしまおうとした。
「私はまた、あなたが落っこちでもされたら危いと思って、とんだお節介をしたんですが、初め……足が片方ぶら下ってるのを見た時は、喫驚し
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