ましたよ、お化かと思って……。」
「それは……まあ何とも……。」
彼は私の笑顔にも応じないで、真面目な憂欝な顔を崩さなかった。
「然し、癖もいろいろありますが、膝の下に物をあてがって寝るというのは、珍らしい癖ですね。ずっと以前からそうなすってるんですか。」
「もう五六年にもなりますかな……。私は慢性の胃病で、そのために足がだるい、そう医者は云いますが、どんなもんですか。……家内が心配してくれまして、膝の下に何かあてて寝たらよいと云うて、小さい厚布団を作ってくれましたんで、至極工合がよろしゅうて、それが習慣になりましてな、家では不自由しませんが、旅に出ると、よく困ることがあって、どうも……時々やりぞこないましてな……。」
その調子は別に困ってるようでもなかったが、何かしら彼の全体から、変に憂欝なものを私は感じて、何と云っていいか分らなかった。
やがて大津に近づくと、彼は慌てて帯をしめ直して、それから暫く黙って坐っていたが、汽車が駅にはいりかけた頃には、もう立ち上っていた。
「つまらんお饒舌をしまして、失礼しました。私は此処で降りますから……。」
そう云い捨てて、彼は少し猫背加減の
前へ
次へ
全9ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング