れくらい時間がたったか覚えない。或は一寝入した後かも知れなかった。私はふと眼を覚した。閉め忘れたカーテンの隙間から、ぼんやりした明りがさしていた。そのカーテンを閉めようと思って、一寸上半身を起しかけた時、何気なく上の方を見ると、上の段のカーテンの裾から、先刻の片足が、ぶらりと下っていた。
私は急にかっとなった。失礼なと思った。大きい声を出して、上の寝台の縁を叩いた。
「危いですよ……足が落ちかかってるじゃありませんか……足が……足が落ちかかっていますよ。」
一寸間があった。
「いや、どうも……。済みません。」
寝呆けたような声がして、足が引込んで、それから、暫くごそごそと物音が続いた。がやがて、ひっそりとして、列車の響きだけになった。
私はカーテンを閉め切った。変にむし暑かった。足の幻想が消えて、現実的な醜い印象だけが残った。私は腹立たしくなったり可笑しくなったりして、長く寝つかれなかった。二つばかり駅を過ぎた。そしてなお闇夜の中を汽車は走り続けていた。
翌朝遅く私は起き上った。遅くと云っても列車内のことで七時頃だったろう。
寝台から飛び出して、真先に覗いて見ると、上の段は
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