しか雑誌を投り出して、先刻の足のことなんかを考えていた。
その男は、東京か横浜あたりから乗り込んで、十時に私が国府津で乗車した時には、もう寝入っていたに違いない。なぜなら、上の段にいる彼の存在が、少しも私の気にとまらなかったから。そして彼は、私が食堂にいってるうちに、熟睡の余り足を投げ出したのだろう。……それにしても、汽車の寝台から、それも下の段ならまだしも上の段から、足をぶら下げるなんて、随分思いきった不作法な寝相だ。そして……片足だけのところをみると、或は一本足か跛足か、そういった不具者かも知れない。……然し、ぶら下る足はみんな片足にきまってる。伝説の中だって……。夜遅く、ぶらりと馬の足が天からぶら下る。それが、四本の足でなくていつも一本きりだ。……だが、人の足がぶら下るのは、まだ聞いたことがない。二十世紀のハイカラなお化かな。汽車の中とは振ってる……。
私はもううとうととしていたらしい。先刻の足がばかに大きなものとなって、妖怪味を具えていった。薄暗い電燈、カーテンの揺れ、車輪の響き、何かしら途方もない夜汽車内の幻想、そんなものが私を夢現《ゆめうつつ》の中に誘っていった。
ど
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