先の円い指を吊していた。その指が少し上向き加減にうち開いて、守宮《やもり》の足の指のように見えた。それが、その全体が、ゆらゆら……ゆらゆら……何かを招いているようだった。
寝呆けやがって……化けるな、化けるな。
ビールの酔も手助って、私はそんなことを腹の中でくり返しながら、そっと足先を通りぬけた。
然し、愈々寝る段になると、足のぶら下ってる下にもぐりこむのは、どうも我慢がならなかった。
私は手を伸して、上の寝台の縁をこつこつ叩いた。
「危いですよ……落ちますよ……足が落ちかかっていますよ……足が……。」
カーテンの中で、眼ざめた息の音《ね》がした。
「危いですよ。足が落ちかかっていますよ。」
「それは……どうも……有難う。」
と同時に、足がすっと引込んでしまった。私はほっと安心して、寝台の中にもぐり込んだ。そしてカーテンを引いた。
ところが何だか変に眠れなかった。その上、列車は間もなく沼津駅に停車して、夜更けの駅の淋しい物売りの声などに心惹かれて、眼は益々冴えて来た、私は仕方なしに、雑誌を取出して、カーテンを少し開いて、薄暗い中で読み初めた。がそれも気乗りしなかった。いつ
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