雨戸にことりと音がした。時を置いて、何度も音がした。風もないのに、どうしたのだろう。一つ所ではなく、あちこちで、雨戸にことりと音がした。それからまた、犬が吠えだした。
 私は二ワットの小さな電球をつけて寝ていたが、その光りが妙に明る過ぎた。不用心な気がして、電燈を消した。真暗になった。
 瞼のうちに、祖母のことが浮んできた。元気だった時の姿は少しも浮ばず、羽二重の白無垢を着せられてる寝姿だけだった。白木綿の顔覆いを取ってみると、白髪に縁取られてる顔は、鼻だけがつんと高くて、細そりと引き緊り、それが蝋細工のようで、更に、眼に見えないほど薄い紗か何かで被われてる感じだった。体も手足も薄っぺらで、蒲団の厚みの中に埋もれきって、そこに人が寝てるとは見えなかった。
 それだけ覚えていて、あとはうとうと眠ったらしい。そして朝早く眼をさました。
 起き上って窓の雨戸を開くと、朝日の光りが空に流れていた。室内を見廻したが、どこにも異状はなかった。ただ不思議なのは、博多人形の生々しい欠け跡のところが、こちら側に向いていた。
 私は洗面所へ行って、急いで顔を洗った。女中が茶の間の掃除をしていた。私は室に戻
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