の時、父と兄は、いつまでも食卓を離れないで酒を飲んだ。私は自分の室に引っ込んで、改めてまたいろいろな物を片附け整理した。
 博多人形の、手毬のところが欠けた跡が、白く生々しかった。そこが見えないような向きに人形を置いた。けれど、窓の磨硝子の戸は私の方を向いていて、今にも、そこに何かがちらちら映りそうだった。祖母のにこにこした顔は、もうどこか遠いところにあった。のっぺらぽうの顔も、もうすっかり薄らいでいた。私自身の影にも、私はもう驚かないだろう。だが、ほかに、何か怖いものがあった。うっかりしてる隙間に、その影が硝子戸に映りそうだった。
 私は早めに寝た。明日からのことに思いを集注して、あれこれ空想しているうちに、妖しい妄想の中にはいり込んだ。
 いやに犬が鳴いた。うちの犬は、夜は解き放しになっていたが、それが庭を歩き廻って鳴いた。塀の外でも、よその犬が鳴き、なおあちこちの犬が鳴いた。怪しいものが来てるようでもあった。犬は低くうーと唸ったり、また声高く吠えたりした。一時すっかり鳴き止んで、静かになったが、暫くすると、また鳴きだした。それから、ひっそりとなってしまった。
 しいんとした中で、
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