ゃるから、あちらへいらっしゃいよ。」
 兄は首をすくめてみせた。
「僕はどうも、坊主がきらいでしてね。」
「何ということを言うんです。それに、和尚さんはもうお帰りになりましたよ。」
「へえー、いやに気を利かしたもんだな。そんなら、行ってやろうか。」
 兄と利光さんは立ち上って、出て行った。私はそこに暫くじっとしていたが、気持ちが落着かなかった。ビールを飲んだ。立ち上ると、へんに体がふらふらしていた。
 私は女中を呼んできて、料理から食卓まですっかり片附けさした。それから、箒や塵払を持って来て、室の掃除をした。こんな時に、という気がしたが、構うものかと思った。でも、少し慌てていたらしい。地袋棚の上の人形を一つ、転がし落してしまった。一対になってる博多人形で、片手で着物の褄を取り、片手で毬を抱えていた。地袋の前の板敷から、それを拾い上げてみると、毬のところが欠けていた。そのころころした毬を、掌にのせて眺め、それから、窓を開いて庭に投げ捨てた。これでいいと思った。
 広間の方へ私も行ってみた。少し頭痛がするような気分だった。廊下の曲り角で、柱につかまってちょっと佇んだ。すぐ前方の、広縁の籐椅
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