傷を負った。
そういうことで、おれは北川さんの書いた話を思い浮かべた。
――湯ヶ島から帰っても、貞夫は気分がすぐれず、時々病院に通っていた。そのうち、梅子が病気になって、自家へ戻ってきた。気管支肺炎から肋膜までわるくし、高熱を出した。だが幸に、もう殆んどなおりかけている。貞夫から何度か手紙が来たようだった。然し、二人の間に恋愛関係はないらしく、あっても大したものではあるまい。
「それだけのことだ。」と北川さんは話を打ち切った。
「それでまあ、梅の木は植えることにしたよ。樹木は大切にしてやらなければならんからね。」
「妹さんと仲がいいんですか。」とおれは聞いてみた。
「誰と……。」
「その竹中さんですよ。」
「あまり口数は利かず、静かに応対していた。そうして梅子と話してる時は、少しも変ったところは見えないがね。」
「ほんとにいくらかふれてるんですか。」
「それがどうも、確かには分らない。君もちょっと探ってみてくれよ。まだ若いが、君には、民衆の智慧があるだろう。つまり、健全な常識がある筈だ。」
おれは物置小屋の外におり、北川さんは小屋の中にひっこんで、話をしていた。そしておれはへんな
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