早春
豊島与志雄

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)木《ぼく》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「糸+慍のつくり」、第3水準1−90−18]袍
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 もともと、おれは北川さんとは何の縁故もない。街で偶然出逢っただけのことだ。
 牛の煮込み……といっても、おもに豚の腸や胃や食道、特別には肝臓と心臓、そのこま切れを竹串にさして、鉄鍋でぐらぐら味噌煮にしたものだが、その鍋をかこんでアルコールを飲むという、この頃たいへんはやっている安直な飲み屋が、近くの街角に一つあった。
 おれも時々鍋をつっつきに寄った。気むずかしそうな大人たちがいない場合は、コップ一二杯飲むこともあった。そこで、初めて北川さんに逢った。帽子はかぶらず、マントにちび下駄の姿で、髪を短かめに刈った頭がへんに大きく見え、浅黒くて艶のわるい顔は善良そうだった。年は三十五六で、飲みっぷりがよかった。鍋の物はあまり食べず、焼酎……つまりアルコールの薄めたのを、二杯ほどあおって、あとは清酒の
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