えられたのを見たら、喜ぶだろうと言う。ほんとに両親とも来ることになってると言う。
「そんな筈はない。」と北川さんは言った。「少し気がへんじゃないかと思うよ。」
 おれには話がよく分らなかった。もっと詳しい関係を聞いてみた。
 ――竹中のうちは資産家で、昔、北川さんの父がたいへん世話になったことがある。そこの、老夫人が体が弱く、人手も足りないので、暫くの間、梅子が手伝いに行っていた。小間使というところか。そして昨年の秋、夫人は梅子を連れて、伊豆の湯ヶ島にちょっと保養に出かけた。そこの族館の主人と懇意なのだ。すると、あとから貞夫がやって来た。貞夫は馬が好きで、近くに乗馬を一頭見つけだし、天城山麓を乗り廻した。或る日、その馬が狂奔した。低空を飛んでた飛行機に驚いたのか、走り去った数台のトラックに慴えたのか、道を横切った鼬に化かされたのか、とにかく、つっ走った。道の真中で貞夫を待ってた梅子は、貞夫が馬を駆けさせてるのだとばかり思った。目近になって、貞夫の様子に気がつき、慌てて避けようとして転んだ。手をすりむいただけですんだ。馬は飛び越して行った。だが、貞夫は落馬して、さらに崖から落ち、可なりの
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