、手入れの届いたみごとな古木で、散り残った花がまだ少し残っており、根廻りを大きく取ってあって、北川さん一人ではとても扱えそうになかった。そこへ持ち込むにも、板塀を越させたんだろう。
「いい木《ぼく》ですねえ。どうしたんです。」
「貰い物なんだ。」
 茶の間とおぼしい方の縁側に、まだ学生でもあろうかと見える青年が腰掛けていた。頭髪を長く伸ばし、ホームスパンの背広を着こんだ、顔の蒼白い好男子だった。
 北川さんは鍬を探しに、おれまで物置小屋へ引っぱってゆき、声をひそめて手短かに話した。
「実は、弱ってるんだよ。」
 ――あの青年は、竹中貞夫といって、知らない間柄ではない。彼から頼まれたということで、一昨日、運搬屋が梅の木を持ちこんできた。そして昨日、彼自身やって来た。北川さんの妹の梅子に、梅の木を贈る約束をしたから、それを果すんだと言う。梅子に聞けば、そんな約束は覚えがないと言う。それでも竹中は約束したと言い張り、あの木を庭に植えるまでは帰らないと、腰を落着けてしまった。とうとう昨夜は泊りこんだ。今朝になると、早く梅の木を植えようと催促する。父や母も来ることになってるから、あの木がここに植
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