彼は何と思ったか、それきりで、額と腰をさすり、縁にはい上って、足袋底の泥を丁寧にこすり落した。それから席に戻って、室の中を見廻した。誰も口を利かなかった。
 玄関の方に竹中さんとお母さんの声がした。山口は出て行った。竹中さんはもう帰りかけていた。
 二人を送り出して、お母さんは茶の間に来た。
「おかしな人ですよ。つかつかとはいって来て、梅子の枕もとに坐って、早くおなおりなさい、きっとなおります、そう言って、両手をついてお辞儀をしました。可哀そうに、梅子が、ほろりと涙をこぼしたときには、もう室から出て行きかけていました。どういうんでしょうねえ。」
 お母さんは立ったまま話したが、それきりで、病人の方へ行った。
 北川さんは黙りこんで酒を飲んだ。そしておれにもすすめたので、遠慮なくおれも飲んでやった。
 北川さんがへんに考えこんでるので、おれは気を利かせて、やがて出て行った。北川さんとなにか話したいことがあるようだったが、それも諦めて、忘れた。
 それでも、やはり気になって、翌朝、行ってみた。

 台所で、お母さんが食事の仕度をしていた。おれは梅の木を見に行った。朝日がいっぱいさしてるあち
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