んに向ってだけ話したのだが、次第に、北川さんへのあてつけが多くなった。直接に北川さんへは口を利くまいと決心してるようだ。その全体が、特別な話し方で、真綿に針を包んでいる。
北川さんと竹中さんは、黙りこんだまま、知らん顔をして、煙草をふかし酒を飲んでいた。お母さんは奥の室の病人の方へ行った。おれはいらいらしてきた。煎餅をこがした。
庭にはもう夕陽が薄らぎかけていた。山口はそちらへ眼をやって、梅の木を見付けた。
「ほう、梅はやはりこちらへ来ているようですなあ。」
山口は無遠慮に立って来て、縁側の硝子戸を大きく開けて、庭を眺めた。
その時、これもやはり隙間なのか、竹中さんは北川さんに小声で言った。
「お邪魔しました。これで失礼します。」
お辞儀をするとすぐ、竹中さんは立ち上って、実にす早く、廊下へ出てしまった。山口が振り向きかけたとたんに、おれは言った。
「寒いなあ。」
大きく開けてある硝子戸を、力一杯にぶっつけてやった。真鍮のレールで滑りがよかった。その戸をまともに受けて、山口はよろけ、縁外に飛び落ちた。
「乱暴な……。」
山口はおれの方を見たが、おれはそっぽを向いていた。
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