魔ですね。だが、若い枝のようだから、実はなるでしょうよ。」
 そこで、梅はいったい花の方が大切か実の方が大切かという話になって、禅問答のようなことが続いた。
「僕はたくさん実のなる梅が好きですね。」と北川さんは言った。
「僕はたくさん花の咲くのが好きですね。」と竹中さんは言った。
 それは議論じゃなくて、別々のことを勝手に言ってるような調子だった。どちらも、相手の言うことなんかまるで気にもとめず、独語をしてるみたいだ。側で聞いていると、おれはおかしかった。気がへんだとすれば、二人ともそうではないかと思われた。
 そのうちに、お母さんが帰って来た。北川さんは物蔭でお母さんとなにか話し合った。そこで、おれは帰ってゆこうとしたが、北川さんから呼びとめられた。
「ちょっと、使いをしてくれないかね。」
 北川さんは紙幣をおれに渡して、牛の煮込み屋から酒を一升ほど買ってきてくれと言った。ついでに、二百円ほど借りがあるから払ってくれと言った。
「母が金を拵えてきてくれたから、助かったよ。」
 北川さんは嬉しそうに笑った。
「借りてきたんですか。」とおれは思わず言ってしまった。
 北川さんはおれの顔を
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