じっと見て、それから、さも重大な秘密でも洩らすように囁いた。――小さな貸家を一つ持っていたが、それを、親戚に頼んで、買って貰った。十万円になった。但し、借家人がはいっているので、それが立退いて空け渡しするまでは、月々三千円ずつ貰うことになっている……。
それで、北川さんの暮し向きのことがおれにも分ったが、ちょっと淋しかった。そんな売り食いの仕方は自慢になるもんじゃない。だが、北川さんは自慢そうな笑顔をしているんだ。
おれが眉根をしかめてみると、北川さんは何を勘違いしたか、おれの肩を一つ叩いて言った。
「とにかく、梅の木を持って来てくれたんだから、酒でも出さなくちゃなるまい。それに、両親が来るというから、そうなったら、ちと大変だ。米も足りないし、御馳走はなにもないし……ひとつ奔走してくれよ。」
言うことは道理だが、考えの根本がどうもおかしい。竹中さんにかぶれたのかも知れない。
「万事引き受けますよ。」
安心さしておいて、おれはまず、牛の煮込み屋の用だけは果してやった。だが、それだけで逃げるわけにもゆかない。なんだか気の毒だ。度が少し曲りかけてるお母さんを手伝って、台所の用をしてや
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