っと眼を据えていたが、急に、卓子の上につっ伏してしまった。

 その頃のことを「青柳《あおやぎ》」の女中は、一寸不審そうに眼にとめた。
 元気な精力的だった岡野の顔が、肉薄く痩せて、色艶がなくなり、陰欝な影をたたえて、それでいて妙に蒼白く冴えて見えた。その顔をなお引緊めて、ひどく真面目くさい様子でやって来た。以前は人の気につかなかった鼈甲緑の眼鏡が、不調和に目立った。度は低そうだが、その眼鏡の奥に、彼は視線を隠すようにしていた。何だか、「教会堂にはいって行く信者さん、」そういった風なものを思わせた。
 座敷は大抵、彼の好きな、奥の階下の六畳……。殆んど口を利かなかった。吉乃が来るまで、一人で黙って酒を飲んでいた。女中の一寸した冗談口にも、蒼白い顔を赤らめることがあった。誰でも、だんだん図々しく場所馴れてくるものだが、彼だけは「丁度その逆様」をいってるようだった。或は、「吉乃さんに真剣に」なってきたかも知れなかった。然し不思議なことには、吉乃が例によって、ほかに出ていてなかなかやって来ないような時、彼は次第に気持がほぐれて、「ふだんの」彼になって、「賑かに」なることがあった。
 吉乃の方
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