恥しいことなんかないわ。」
 全く、別世界から来た言葉だった。岡野は顔を挙げた。眼を挙げた。堪え難い調子で口籠った。
「でも……でも……そうじゃないんだ……ちがう……。第一、僕はその金を、何に使ってるか!……。」
「自分でもうけたんだもの。何に使おうと、勝手よ。」
「…………」
 風の吹き過ぎた後の空虚と同じで……。
 白々とした額、ほんのり酔の出てる頬、空を見てるようなあらわな眼付、唇の間から見えてる金歯、そして鼻が無意味に高い……。その首を、伸び伸びと、綺麗な肌を見せながら、卓子に片肱をつき、片方の肩を落して、横坐りに、裾をさばいて……。それへ、岡野は縋りついていった。
「僕は、君を、好きだ、ほんとに、好きなんだ。初め、自分を、やけくそから、自分で自分を、溝の中に蹴落すような気で、うろつき廻った。自分を、泥まみれにすることが、汚くすることが、せめて腹癒せだった。罪亡しだった。いろんなところへ行った。ただ、自分が汚くなれば、惨めになれば、それが本望で……。然し、君に逢ってから、変に、気持が荒まない……。癪にさわった。だから、これでもか、これでもかと……猶やって来たんだが……駄目だ。君
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