が、彼を溺らそうとする。彼も溺れようとする。が彼の胸の中には、どす黒い塊りがあった。眼は熱く涙ぐんでいる。自分自身をわきから見守り鞭打ってる気持……。だが、吉乃へは取り縋れなかった。
「君は逢えば逢うほど……。」
「馬鹿に見える?」と吉乃は引取って云ったが……。
彼は、つまった言葉を涙になして、ぼろぼろとこぼしている。
「そう云った人があるわ。」
びっくりして、云い足して、それから彼女は微笑んだ。
然し彼は顔を挙げなかった。
「僕は、汚れてるんだ、汚れてるんだ、聞いてくれ……。」
それが、何のことだかと云えば、前から部分的には話していた、或る未亡人との関係だった。ふとしたことから――意志の弱いため――関係して、ずるずるに引続いて、時々は金も貰う。自分を唾棄する余り、貰った金で遊蕩もする……。それだけだった。
「そして、そのたびに、お金を貰うの?」
岡野は、返辞も出来ないで、罪人のように、悔い改めるように、卓子《テーブル》の上に顔を伏せていた。
吉乃の、あきれたような眼の色が、やがて、澄んで、落付いて、笑みを湛えた。
「それじゃ、つまり、あたしたちと同じじゃないの。ちっとも、
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