ーさんの足は繁くなっていた。

     二

 岡野信二は、吉乃《よしの》に対して、初めは、快活などこか捨鉢なほど陽気な態度だったが、度重るにつれて、妙に無口に、真面目に、淋しそうになっていった。心の中に、何か悲痛なものが動いてるようで、それも、愛とか恋とか云ったものではなく、ただ期待外れの、心が宙に迷ってるらしく……。そしてじっと、彼女の顔を眺めてることが多かった。
 吉乃もそれに気付いたが、それは、彼女の商売とは関係のないことだった。彼女は平然と、自分の職分を守ることが出来た。
 そこへ、彼の告白が落ちてきた。
 秋の夜の差向いは、淋しい。しいんとしたなかに、どこからか、爪弾《つまびき》の音が伝わってきて、夜更けを告げる。中庭で、笹の葉がさらさらと鳴る……。でも吉乃は、明るかった。甘ったるいのんきな調子で、商売が不景気でも、お稽古が充分出来るのが楽しみだと、そして、お稽古仲間だと、遠くで聴いてても、誰が弾いてるのか、それが分るようになるから面白いと、そんなことを云い云い、爪弾の音色に耳を傾けたりしている。岡野もその方へ、吉乃の言葉へよりも多く耳をかしていた。積り重った伝統的な情緒
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