はお座敷をつとめて、貰って行くことをしなかった。そして彼女の唯一の我儘は、どうしても嫌な客の時、お座敷以外は「身体が悪い」ことだった。そんな時は、金銭には依らなかった。商人にも、自分の商品を売るか否かについて、自由意志を持つ権利がある。そして公平な商人は、意志をまげてまで、不当の暴利を貪りはしない。彼女にあって、不当と云えば云える利得は、懇意であろうとなかろうと、金のありそうな客から、お座敷の約束をつけて貰うことだった。時には事後承諾を求めた。そのお約束は、彼女はいろんなことに利用した。あまり隙《ひま》な晩に、または用事に、または仲間への御礼返しに……。だからおかみさんにとっても、彼女はごく忠実な抱えっ妓だった。
 そのお約束の客の名に、オーさんというのが次第にふえていって、朋輩の目についた。
「それごらんなさい、何だかだと云ったって、やっぱりねえ……。」
 吉乃は笑った。
「そうじゃないわよ。あの人、どうせ、仲間なんだから、丁度いいのよ。」
 謎のようなことを云って、それから変に考えこんで、その後で、自分でも不思議そうに、きょとんとした眼を挙げて、また笑った。
 その頃、実際にも、オ
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