《けだもの》を真似て、四匍《よつば》いで競争する……公然と。なぜなら、それが人情だから。そしてそれが商売となっている。人情を無視することを原則とする商法の、埓外に出た特殊の商売だ。
 それが、ひらのお座敷でも。況んや……。
 そんなことを吉乃は考えてはいなかった。然し、無意識的に、商法の原則を守っていた。彼女の眼付は、二重の意志表示をしなかった。しまりのわるい唇は、どの客にも同じように金歯の光を見せた。そしていつも、舌ったるい口の利き方をした。云わば、万人の手の届くところに、陳列棚に、正札をつけて商品をのせていた。公平な商人は、自分の商品の価値を知っており、自分の商品を大事にする。不精なのんきな彼女も、自分の商品を大事にすることは人に劣らなかった。嘗て病気を知らない、というのが彼女の誇りだった。明るく、手際よく、公平に、取引を済した。晴々とした商売だ。
 そういう彼女だったから、いつも、客の前に出る時、金入の中には相当の金を用意していた。懇意の客から、欲しいものはと聞かれても、ただ笑っていて、何にもねだらなかった。その代り、出先を馴染の客から呼ばれても、たとい自由のきく時でも、時間まで
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