を害する、殊に白粉の顔の皮膚を害する、というのを信じていた。そして、「顔は表看板だから……。」
それが、おかみさんを微笑ました。
「……気質《きだて》も素直だし、顔もよい方だし、肌も綺麗だし、旦那の一人や二人、出来ない筈はないんだが……。まったく、看板みたいな妓《こ》だ、どこか、足りないんじゃないかしら……。」
相当な流行妓なのに、失礼な言葉だ。がそれよりも、三四人も妓を抱えているおかみさんとしては、余りに目先の利かない言葉だ。ありようは、彼女の勤めぶりを見ればすぐに分ることだった。彼女は、好意の感情を超越してるらしかった。親疎の感情を超越してるらしかった。云わば、最も公平に商売をした。ひらのお座敷でも、または……。
意地とか張りとか侠気とか、長く培われた伝統は、公平であってはいけないと教えている。表面は公平が立前でも、裏面には不公平がのさばっている。それが人情だ。そこに面白味がある。言葉尻の表情、見交す眼付……刹那に燃え、刹那に消ゆるものであろうと、その光に輝らされて、或は過去の、或は将来の、別種の深い世界が描き出される。それが、陥穽《おとしあな》だ。罠だ、或は逃避所だ。人は獣
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