ぶった眼付で、彼女は吉乃の方へ寄ってきた。
「逃げてはいやよ。きょうだいだから、ねえ。」そして杯を二つ並べて、「あちらは喧嘩だから、こちらは仲よく……。」
けんで杯のやりとりをしている八重次と岡野の方へ、笑いを送って、自分で銚子を取上げた。
「あら……。」
八重次が急いで手を出そうとするのを、澄代は遮った。
「だめ、だめよ。他人禁制……二人きりで、内緒の話があるの、ねえ。」
吉乃は、妙に横柄な眼付と微笑の口許とで、うなずいて、杯を干した。そして此度は自分で、二つの杯に酒をつぎながら、じっと、明らさまに岡野の方を眺めやった。寝ころんで、何かに打ちのめされたような彼の姿が、ほんとに惨めに見えた。ばか、ばかな人! そう叫んでやりたかった。
が彼女の耳には、澄代の暖い息がかかっていた。
「こんど、一人でゆっくり来るわ、ねえ。」
彼女は夢のようにそれを聞いていた。
「そして……。」
彼女は動かなかった。白々とした額が、石のように冷くなった。その頬辺《ほほべ》を、澄代は指先でつっついた。それから、煙草の吸いさしを、だがさすが用心して火は消して……。
吉乃は飛び上った。頬辺を押えて、い
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