縮めていた。地位が逆に、こちらが初めからお客のような、座敷の空気ばかりでなく、いやそんなものをすっかり蹴散らして、絡みつくようなしなやかな澄代の手の感触が、彼女の自意識を呼びさます。先程からただ本能的に見て取っていたものが、表面に浮出してくる。……澄代の、袖口を持ちそえて掌《て》を胸に押しあてる嬌姿、自由にしないそうな綺麗な指、頸筋の荒れた皮膚、瞬間に燃え立ったり消えたりする、而も押しの強いその眼差《まなざし》、そしてその底の、疲れのこもった色っぽさ、それから、岡野の、そしらぬ顔をしてやたらに煙草を吹かしながら、澄代の挙動の一つ一つに、魅せられたように惹きつけられてる視線……。
違っていた! 殆んど咄嗟に、本能的なのを意識的にまで、吉乃はそれを感じた。岡野の云うのが本当だ。商売なんかとは、まるで違う。別な、自分の知らない、愛慾の世界だ。清い取引ではない。汚らわしい。一寸した飛沫でも、身体が汚《けが》れる……。
彼女はぞっとして、澄代の手の下から身を引いた。
「わたしが男だったら、こんなひと、どうしようかしら……。」
鋭い火花が、瞬間、岡野の方へ投げられて、あとはさりげなく、酔をか
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