、足をふんばりざま持ち上げようとしたが、首を縮め腰を落した彼女の身体は、円っこくなってずっしりと重かった。その手掛りのないやつを更に引寄せて、力を籠めて持ち上げようとした。
「こんな筈ではないんだが。」
 くくくくと忍び笑いをするのを、もう一息と気張ってる瞬間に、突然彼女は堅くなった。
「いけませんわ。若旦那様が……。」
 円っこい堅い重みがするりと手からぬけ出した。久保田さんは一歩半ばかりよろめいて、ひょいと向うを見ると、木斛《もっこく》の粗らな下枝の茂みの彼方に、高等学校の受験準備をしてる長男の洋太郎が、寝間着姿で縁側に立っていた。ちらと視線が合ったか合わないか分らないまに、洋太郎は顔を伏せて、青銅の手洗鉢の水を二三杯手に注ぎかけて、そのまま家へはいってしまった。
 久保田さんはぼんやりその姿を送ったが、ふいに鼻の穴を脹らまして笑い出した。
「変な時間に便所へ起きたものだな。」
 そしてなお笑い続けたが、木影に隠れてるお清の着物の紫縞が眼に止ると、頭を軽く一振りして云った。
「もういいから、庭を掃いてしまったらどうだい。」
 彼女がおずおずと出て来て竹箒を手に取ると、久保田さんは少
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