人の国
豊島与志雄

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)清々《すがすが》しく

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)小説2[#「2」はローマ数字、1−13−22]
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 久保田さんは、六十歳で某大学教授の職を辞して以来、いつしか夜分に仕事をする習慣がついてしまった。夜分に仕事をするのは、必ずしも盗人や小説家のみに限ったことではない。久保田さんが従事していた仕事は、人類理想史という尨大な著述で、天上の神話的楽園から地上の無政府的共産主義の理想郷に至るまで、人間の各種の理想を歴史的に叙述することであった。そのために久保田さんは、毎晩遅くまで書斎に籠って勉強した。のみならず、終日書斎に起臥して、滅多に外出することもなかった。
 そういう生活が一年ばかり続いて、この二月のはじめ頃から、久保田さんは急に元気が衰え、顔色が悪くなり、食慾が甚しく減じてきた。家族の者達がひどく心配するので、久保田さん自身も多少気に懸って、友人の老医学士へ相談してみた。
「なあに心配する
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