た。紫陽花の枝には指のように太い芽が並んでおり、山吹の枝先にも小さな芽が無数についていた。苔のない柔い地面から匐い出している蚯蚓を、庭下駄に踏み潰すまいとしてひょいと飛び越すと、すぐ眼の前の茂みから、親指大の赤い椿の蕾が覗いていた。
「あら、もうお眼覚めでございますか。」
足音もそれらしい気配さえもなく、不意に起ったその声音に、久保田さんは喫驚して、椿の蕾から振り向くと、十歩ばかり彼方の檜葉の横手に、いつも機嫌のよい仲働きのお清が、殊にその時は一層晴れやかな笑顔をして、まるで宙に浮いたように佇んでいた。
「どうだい!」
まだ消え去らぬ喫驚した気持の中からそう云って、四五歩近づいてゆくと、お清はしなやかな指先で前髪の後れ毛を撫で上げながら、覚めたばかりの澄み切った眼を細めて、円い笑顔をにこにこと笑いくずした。
「ほんとにどうしたんでございましょう。私の方が寝坊なんか致しまして。」
その様子から言葉つきまで、平素書斎にやって来る折の、機嫌はよいが妙にかしこまった二十歳の彼女とは、全く人が違ったようだった。久保田さんは落凹んだ眼をくるくるとさした。
「どうしたんだって、そりゃ何も……。
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