はっきり映った。前晩窓を閉める時に、隣家の大きな欅のしなやかな枝先に引っかかっていた、その月だな……と思うと同時に、久保田さんは本当に眼を覚して、二つ三つ瞬きしたが、そのままふと起上ってしまった。
下働きの女中が一人起上ったばかりの所だった。その喫驚した顔付へ、久保田さんは自分でも少しおかしいほど軽い気持で、黙っておれと相図しておいて、冷い水で顔を洗い、禿げかかった半白の髪を丁寧に撫でつけ、先刻の月影がまだ残っている頭を、不思議そうに打振りながら、座敷の縁側を開けて庭に出てみた。
爽かな三月下旬の夜明だった。霧とも云えないほど薄すらとしたものが、植込の下影に逃げ迷っていて、清々《すがすが》しく打晴れた空には、薔薇色の光が一面に流れていた。遠く都会の眼覚のどよめきを伝えながらも、空気はまだしっとりと落付いていて、小鳥の眠りを護ってるらしかった。久保田さんは両手を高く差上げ、力一杯に伸びをして、少し肌寒くなるのを快く感じてから、庭の隅々まで歩いてみた。
「ほう、なるほどこれは悪くない!」
銀杏の小さな葉が出かかっていた。楓の可愛いい若葉も拡がりかかっていた。桜の蕾が薄赤くふくらんでい
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