うな靴下は上等すぎてすぐにいたむから、今後買う時は、わたしに相談なさい、といつもの調子なのである。つまり、お菓子をたべたりお茶を飲んだりするのは、友だちとの交際と同じで、私の自由だが、実用的な品物を買うのは、母の管轄だというのであろう。
 そのようなこと、私にはおかしかったが、たどたどしい針仕事などをしながら、なにかしら物思いをしていると、次第に、大変なことを発見してきたのである。
 結婚生活というものは、自分の家庭を持つことであり、その家庭の中で主婦としての地位に就くことである。それは自明の理だ。ところがこの家の中で、私はどういう地位にあったか。いろいろ振り返ってみると、私は単に女中に過ぎなかったのではあるまいか。
 吉川はだいたい無口だし、面白い話題もあまり持ち合せなかった。話といえば新聞記事以外には殆んど出なかった。時たま酒を飲んでくると、専門の経済学の知識を披瀝しだすこともあったが、私にも母にもそれは通ぜず、殆んど独語に終った。終戦近くなって召集され、穴掘りばかりして来たことが、唯一の特殊な話題だった。つまり、平凡で善良な会社員で、家庭はただ食堂と寝所に過ぎなかったろう。その代
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