さいとか、母はこまかく注意した。まったく、今日はお洗濯をして宜しいでしょうか、と同じことである。然し、母が吝嗇だったというのではない。
 私の或る翻訳原稿が、雑誌に採用されることになり、その原稿料を持って、津田さんが遊びに来たことがある。なにしろ小さな雑誌で、稿料のことも編輯長に一任したものだから、これだけになったが、こんどからも少しせりあげてみせるつもりだし、その時はビールでも飲みましょうと、津田さんは笑って、だいぶお饒舌りをして帰っていった。その時貰った三千円を、私は母へ差出した。

「まあそれは、よかったわねえ。ほんとによかったよ。これからも勉強なさい。いつ出ますか、その雑誌は。出たら二冊貰って下さいよ。一冊はあなた、一冊はわたしが頂きますから。」
 母が喜んでるのは、雑誌のことだった。原稿料の方については、貯金にでもしておくんですね、と無雑作に言った。
 ところが、その後、私は銀座に出たついでに、原稿料で、母へ羊羹を一折買い、吉川のために上等の絹靴下を三足買った。羊羹については、母は何とも言わず、上等の方のお茶をいれて、私と一緒に食べた。食べながら、靴下の方をたしなめた。このよ
前へ 次へ
全23ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング