来ますよ。これからは、家のひとが留守だから分りませんと、そう言ってお断りなさい。買物のことは、わたしに相談してからするんですよ。」
そして品物の金高を聞いて、その金を母は私に返してくれた。私はへんな気持ちになった。
だいたい、私は月に千円ずつ小遣銭を貰っていた。結婚して翌月からのことである。吉川が言ったところによると、母は吉川に、美津子さんもお友だちがあったり、お化粧品も好きなのがあるだろうし、お小遣はどれぐらいあげたらよいかと、尋ねたそうである。分らないと吉川が答えると、では月に千円ばかりあげることにしよう、足りなかったらまた言って下さい、と母がきめてしまったとか。吉川自身、自分の小遣は会社の月給から差引いて、残りは全部母に渡し、生活費や資産の運用などは、母が独りでやっているのである。それが昔からの習慣なのだ。私の実家は貧しく、女学校の俸給はみな母へ渡していたし、ただ退職金だけを貰って私は稼いできた。月千円の小遣では不足がちだった。
けれども、そうしたことを、私は別におかしいとは思わなかった。買物はすべて母の指図通りにした。何々を買ってきなさいとか、何程の値段のものを買ってきな
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