り、気むずかしい点もなく、要求も少く、私は単に侍女であればよかった。
家庭の全権は母にあった。家計はすべて母が監理していたし、買物まで一々監督していた。私はすべてのことを相談しなければならなかった。今日はお洗濯して宜しいでしょうか。それで万事が尽される。女中だ。お給金千円の女中だ。主婦として行動し得る余地はどこにもなかった。
辛いのは、起床の時間が一定してることだった。六時きっかりに起きなければならない。母がその時間に起き上るからである。たまには日曜日など、朝寝坊したいこともあったし、吉川はゆうゆうと寝ているのに、母が六時に起きるので、私も必ず起き上った。
ただ一つ、文学、といってもつまらぬ翻訳だけだが、その点は母の代行をするのだった。つまり、母にとっては、私がその夢想の後継者であったろう。夢想の後継者で、そして日常生活では女中、いずれにしても、自主的な主婦とは縁遠い。
或は、一歩退いて考えてみるに、日常生活に於ても母は私を後継者に仕立てるため、些細な点まで訓練しようとしてるのかも知れなかった。すっかり母の型にはまるまで、女中の地位に置いて独り歩きをさせなかったのではあるまいか
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