。然し、それにしては、おかしなことがあった。
 風邪をひきこんで、私は一週間ばかり寝たことがある。その時母は実母にもまさるほど親切にいたわってくれた。熱の高い時は、夜遅くまで起きていてくれ、夜中にも起上って氷枕を取り代えてくれた。検温、服薬、食事、すべて一定の時間にしてくれた。食物にも気を配ってくれた。そういう看護を、母は少しも面倒くさがる様子がなく衷心から自然にやってくれたのである。そして一方で、日常通りに家事を運行していった。私は感嘆し、また感謝し、涙で枕をぬらしたこともある。
 母はなかなか私を起き上らせてくれなかった。すっかり全快するまではだめだと言うのである。漸く許されて、布団を片付け、ふだんの着物をき、私は母の前に手をついて言った。
「ほんとにお手数をかけました。ありがとうございました。お疲れになりましたでしょう。」
 胸が一杯になって、長い言葉は出なかった。
 母は何の感慨もなさそうに、けろりとしていた。
「まあ、早くなおってよかったですね。わたしのことなら、疲れもなにもしませんよ。手がかかるといったって、家の中のことですからね、仕事は多いほど張り合いがあっていいんです。
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