あり、私の方から覗いても一向差支えない様子だった。だが私の方は、先方が庭の正面になっており、庭のこちらは縁側で、障子を開け放せば、座敷の中まで先方からまる見えになる。しかも、こちらは平家で先方は二階家なのだ。どうにかしなければなるまい、と私は考えた。
 考えてるうちに、ふと思い当ることがあった。板塀とか竹垣とかいうものは、それが無くては都合がわるい方で作るべきなのかも知れない。往来に面してる場合ばかりでなく、家と家との間でもそうなのだろう。そして、市木さんが私の家の囲いを見て廻ったのも、或は、あの竹垣の作成を私の方へ譲るという謎だったのかも知れない。いっそのこと、市木さんに直接話してみるのが、早道だった。
 折を見て私は、八手の茂みをくぐって市木さんの庭へ行き、そこの縁側から声をかけてみた。室内から返事があって、暫く待つと、市木さんが出て来た。硝子戸を開けて、市木さんがそこに座布団を出したから、私は腰を掛けた。縁側には陽が当っていた。
 さて、どういう風に話しだしてよいものか、私はちと弱った。市木さんが変人だということを聞いていたし、額が少し禿げ上ってる大柄な顔立ちと、肩まで垂れさがっ
前へ 次へ
全39ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング